SF読むなら『マルドゥック・スクランブル』は外せないよなあ!?
―抱いて。タイトに。
ぐにゃりとウフコックが変身《ターン》した。オンリーワンの、選び抜かれたドレスへ。
『マルドゥック・スクランブル〔完全版〕』冲方丁,2010,ハヤカワ文庫
自由感想
「自身をモノのように捨てた男に、少女が復讐する話」
一言だと単純に見えてしまうストーリーが、なぜこうも重厚で引き込まれる作品に昇華するのか。魅力の源泉は、キャラクターのイカレ具合と緻密なアクションにあると思う。
例えば、『ドラえもん』をスタイリッシュなサイバーパンクにして、EDのドクターに加えて、フランケンシュタインのような超暴力的な敵キャラも添えたとしたら?想像してみてほしい。
ヒロインのバディであり、本作のドラえもんたるウフコック(猫型ではなく金色のネズミである)を開発した研究者のドンは生首で登場するわ、序盤でヒロインの障壁になる敵キャラはカニバリズムを遥かにしのぐ猟奇的集団だわ、という感じで、とにかく誰もかれもイカレている。
良識の程度の差こそあれ、平穏無事にのびのびと市民生活を送るキャラクターは少なくともここには存在しない。いや、ほとんど良識なんてものは存在していない。
食うか食われるかなのだ。平和主義者が登場するとしても、それは呆れるくらいの金持ちか、植物人間くらいだ。
一癖も二癖もある「濃い」キャラクターが縦横無尽に飛び回るのだから、面白くないわけがないのである。法的に禁止されている超常的な科学技術で死の淵から蘇ったヒロインと、これまた超常的な科学技術で「最強の白兵戦用兵器」として生まれたネズミがタッグを組む。葛藤を抱えながらも成長を続ける二者の姿に、ページをめくる手は止まらないはず。
魅力あるキャラクターが織りなす派手なアクションシーンは無論面白い。加えて、「静的な」アクションであるギャンブルのシーンも、本作の魅力の一つである。文字通り著者が反吐を吐きながら、七転八倒して書き上げたと称するブラックジャックの件は、ルールを詳しく知らずとも手に汗握る洗練ぶりである。博打のルールを頭に入れてから、再度読めばもっと面白くなるに違いない。
総じて、暴力的な描写によほどのアレルギーがなければ、かなりおススメである。少なくともSFが好きなら本作は外せない。
話は少し変わるが、本作は既に2度書き直されており、その最終版である。
- 2003年初版のハヤカワ文庫JA版
- 2010年の改訂新版(ハードカバー)
- 完全版(本作)
著者曰く、「最もやらねばならないことをやる、それだけである」らしい。アニメ映画化や漫画化といったメディアミックスを肯定しつつも、それらに小説で対抗する意思があとがきから感じられる。
上記の三作はストーリーの概要はそのままに、より文体や表現に磨きがかかっていくそうだ。順番としては逆になってしまったが、旧作もぜひ読んでみたい。
さらにさらに、続編も既に刊行されている。こちらも百発百中、外せない。
5段階評価
★★★★★ 5 (好き!!)
なぜその本を読み始めたか
以前から冲方丁氏の代表作の一つとして知っており、書店でたまたま第一巻『The first compression―圧縮』が目に飛び込んできたため。
「推し」とその理由
ルーン=バロット&ウフコック=ペンティーノ
→『マルドゥック・スクランブル』の登場キャラクターが尖っていることは先述した通りである。その中でもやはり、この主人公二人(?)は外せない。
死の淵から蘇り、精神的にも自らを殺していたヒロインのバロットに、委任事件担当官としての職務を超えた歩み寄りをみせるウフコック。彼女の傷を敏感に嗅ぎ取りながら、一方で彼女もウフコックへ心を開いていく。廻る引力と斥力の渦の中で、彼らは一体化していく。澱のように淀んだ環境から這い上がって、傷つき葛藤しながらも生きようと願うその姿は、非常に魅力的である。
この二人組が不器用ながら、気持ちをぶつけ合って成長する様をぜひ見てほしい。
面白いor参考になる語彙・表現・構成
- 英語読みで韻を踏む文体
- ドンパチやるだけがアクションじゃない
- 未成年娼婦であるヒロインの、溌溂さと色気のギャップ
- ウフコックとドクターの軽快なやり取り
枚挙にいとまがない。
読了年月日
2022/07/10