SFが紡ぐ愛の多様体
きみのあくびが、はやく見たい。
―中井紀夫『死んだ恋人からの手紙』より
『日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙』伴名練編,2020,ハヤカワ文庫
を読んだので、それについてつらつらと。
自由感想
本作は『なめらかな~』でお馴染みの伴名練氏が編纂したSFアンソロジーである。
「恋愛」と銘打っているように、内容としては「愛」とか「恋」とか、そういったものがテーマになっている短編が多く収録されている。
ただ、序文及びあとがきで編者が述べているように、いわゆる「恋愛小説」だけを選び取ったわけではない。「愛」には「家族愛」も「同性愛」も様々あるのである(和田毅『生まれくる者、死にゆく者』、扇智史『アトラクタの奏でる音楽』)。
さらに、円城塔『ムーンシャイン』に至っては愛の形が難解である。編者は「数との恋愛だと思って」選出したそうだが、私には恋愛要素はおろか内容がさっぱり分からなかった。まだまだ私の鍛錬が足りんな。
参考までに、著者とタイトルの一覧を以下に示す。過去未収録の作品が多いため、自身の好きな作家があればつまみ食いするのも良いだろう。
- 中井紀夫『死んだ恋人からの手紙』(表題作)
- 藤田雅矢『奇跡の石』
- 和田毅『生まれくる者、死にゆく者』
- 大樹連司『戯画・セカイ系』
- 高野史緒『G線上のアリア』
- 扇智史『アトラクタの奏でる音楽』
- 小田雅久仁『人生、信号待ち』
- 円城塔『ムーンシャイン』
- 新城カズマ『月を買った御婦人』
以上9作のなかで、私の印象に残った『死んだ恋人からの手紙』『戯画・セカイ系』『人生、信号待ち』の3作について感想を述べる。
中井紀夫『死んだ恋人からの手紙』
本アンソロジーの表題作である。
「あくび金魚姫」と呼ばれる彼女のもとに、戦地に赴く彼からの手紙が届くストーリーだ。現代文の試験でも使用されたことがあるらしい。作問者は変態(褒めてます)
「タイトルでネタバレしてるじゃねえか!!」と言われればその通りなのだが、この短編の魅力はオチが分かっていたとしても減るものではない。むしろ、結末が分かっているからこそ感じられる悲壮感が魅力と言っても過言ではない。
(某傑作アニメの次回予告をふと思い出してしまった。ただ、あちらは結局キャラクターが死亡していないので、若干異なるか)
ストーリーの骨子はいたってシンプルだ。手記や手紙の形式で物語が進行するのはよくあることで、さらに恋文となると大量の作品が今日まで創られてきたことだろう。だた、本作は1989年初出であり、当時としては擦られていないアイデアだと思う。発表時期を抜きにしても、独特な良さが本作にはある。良いものはいつになっても、いつまでたっても良いのである。
本作のメインテーマである愛の不偏性は、「戦死」「(亜空間通信による)手紙」「高次元宇宙の仮説」等によって際立っている。
戦争で人が死ぬと、確かにその人そのものの存在はこの世から消え失せてしまう。一方で、過去に撮った写真は紛れもない「その人」として残る。もちろん、残された人の心にも。
また、亜空間通信という技術の仕様によって、手紙の届く順番はバラバラだ。しかし、TT(差出人・恋人)による金魚姫へのメッセージが変わることはない。サスペンス性を加えて物語を面白くする仕掛け以上に、重要な意味合いを持っている。
そして極めつけは高次元宇宙という概念だ。もしも、高次元宇宙という固定された空間があって、あくまで我々の過ごす世界がその空間から放たれる像だとしたら?流れ過ぎ去ると思っていたものが、永遠にどこかにあるように思えないだろうか?
―いや、だからといって、やはり愛した人は戻らない、触れることはかなわない。美しい惑星ポポラの情景を思い浮かべながら、あくび金魚姫のつもりで、このやるせなさを味わってほしい。オススメ
大樹連司『戯画・セカイ系』
少し特殊である。一言で表現すれば「セカイ系に殴り込む」といったところか。
もしセカイ系についてよく分からないという方がいれば、以下の記事が参考になるだろう。記事を読まずとも、『新世紀エヴァンゲリオン』『イリヤの空、UFOの夏』などをイメージしてもらえれば良い(『イリヤ~』をもし読んでいない方がいれば、傑作なのでこちらもオススメしたいところ)。
私的解釈で述べるとすれば、青少年がふとしたきっかけで世界の命運を左右するような存在になってしまい、葛藤を繰り広げる物語全般の形式のことである。
本作は内容がメタ的なので少々ややこしい。だがそれが面白い、というのが本作の魅力だと思う。冒頭の<セカイ系ライトノベル>がいかにも「セカイ系」といった感じなのである。何だあの中二病大量の漢字とルビは......むずがゆくて少し恥ずかしい気持ちになった。共感性羞恥かな?
徒競走で一番をとれば、世界を手に入れたような幸福を感じていた「あの頃」を思い出す。夢へひた走るか、そろそろ現実的な考えを持たねばならないか、という年頃の20代後半か30代あたりの方が読むと特に刺さるのではないだろうか。読者をノスタルジックな気持ちにさせる(ある意味オトナな)作品である。
簡単に内容について触れると、
この三者の三角関係が描かれる。登場人物のキャラクターを見ただけで、何となく結末が想像できてしまう人もいるかもしれない。「あの頃」と「現実」が殴り合ったその先は......?
小田雅久仁『人生、信号待ち』
ネタバレとは無縁そうな、不思議な作品である。タイトルの通り、人生を賭して信号待ちをする男女を描いた物語になっている。信号待ちというテーマでここまで書けるのかと、率直に思ったのでおススメしたい。
先に紹介した『死んだ恋人からの手紙』『戯画・セカイ系』とはまた少し毛色が変わっていて、概念的な印象を受けた。解釈によって、いろいろな味わい方があるかも。かといって、文体や出てくる言葉が難解であるわけではないので、読みやすい。
私は本作を「ジャネーの法則」の比喩だと解釈している。どうも年を取ると人間はエネルギッシュでなくなり、大抵のことではときめかなくなり、結果的に体感時間も短くなってしまう傾向にあるらしい。
まあその解釈で行くと、運命の人に出会った後は、人生があっという間に過ぎ去ってしまうことになるのだが。果たして。
ここでは紹介しきれなかった短編についても、どれも魅力的な作品ばかりであるので、買って損はないと思う。少なくとも、巻末の伴名練氏によるSF読書指南が非常に有用であるから、私含めSF初心者にはあとがきを読むだけでも価値があるだろう。
5段階評価
★★★★☆ 4 (良き!!)
なぜその本を読み始めたか
SF×恋愛小説を探していて、たまたま本屋で目に入ったから。
「推し」とその理由
あくび金魚姫だろう。
『死んだ恋人からの手紙』が本書の中で一番好きな作品だから、ということもある。手紙を受け取る側の人間であり直接描写されることはないのだが、恋人からの手紙を通じて魅力的なイメージを膨らませることができる。
面白いor参考になる語彙・表現・構成
「あくび金魚姫」という言葉の響きが狂おしいほど好き
読了年月日
2022/7/25