清のブログ

アウトプットの場所

中国SFもいいぞ!

手のなかにはなにもなかった。一粒の砂もない。

―陳楸帆『麗江の魚』より

『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』ケン・リュウ編,2019,ハヤカワ文庫

を読んだので、それについてつらつらと。

 

自由感想

いわゆる「中国SF」は読みやすい。そして、面白い。

現代中国アンソロジーとして刊行された本作であるが、読了後の感想はこれに尽きる。

編者であるケン・リュウ氏が序文で述べているように、収録されている作品群から「これが中国のSFなのだ」と考えるのは無理がある。人口や領土は広大であり、(政府の方策はあるとしても)主義信条、文化や思考などが多岐にわたることは想像に難くない。

「中国SF」と一括りにしてしまうのはもったいないほど重厚で多様性に富み、いわゆる「Made in China」というバイアスは捨てなくてはならないだろう。自信をもってお勧めする。

 

さて、ひとまず収録作家・収録作から先に一覧を載せておく。

  • 楸帆(チェン・チウファン)『鼠年』『麗江(リージャン)の魚』『沙嘴(シャーズイ)の花』

  • 夏笳(シア・ジア)『百鬼夜行街』『童童(トントン)の夏』『龍馬夜行』
  • 馬伯庸(マー・ボーヨン)『沈黙都市』
  • 郝景芳(ハオ・ジンファン)『見えない惑星』『折りたたみ北京』
  • 糖匪(タン・フェイ)『コールガール』
  • 程婧波(チョン・ジンボー)『蛍火の墓』
  • 劉慈欣(リウ・ツーシン)『円』『神様の介護係』

このうち『麗江の魚』『沈黙都市』『円』の3作を推していこうと思う。

 

麗江の魚 - 陳楸帆

前の記事で「時間」をテーマにしたアンソロジーを紹介したが、本作も時間をテーマにしている。

 


舞台は雲南省麗江市、1人でいる女性に片っ端から声をかけていたあの頃とは裏腹に、無機質なオフィスで仕事に疲弊していた。

今は病人のリハビリとしてこの地を訪れた「僕」は、ある女性に一目惚れし──

 


といった感じの話

Google麗江古城と検索すると、石畳と水路で縦横に区分けされ、赤銅色に彩られた美しい旧市街が見られる。

 

都市での生活で摩耗した主人公の視点から、古き良き過去が語られている。麗江の街並みは変わらずとも、どうしてもあの頃へは戻れないというノスタルジアが刺さる。無論、変わっているのは主人公だけではないのは言うまでもない。

「何もない」「空っぽ」と繰り返しつつも、どこか諦念して薄く笑う主人公が痛々しい(が、それが良い)。


現代社会で時間に追われながらあくせく働く日々に、決して巻き戻せない過去がオーバーラップする雰囲気に魅了された。おすすめである。

 

沈黙都市 - 馬伯庸

大気は汚染され、飲み物は蒸留水のみ。Webは特定のサイトしか繋がらず、「健全語リスト」によって発言できる単語が制限された世界―

本作はそんなディストピアを描いた物語である。小さな世界に押し込まれた登場人物たちが自由を渇望して努力を重ね、皮肉にもその努力によって真綿で首を締めるように行動が制限されていく様子を描いている。作中で引用されている通り、ジョージ・オーウェル1984』に対する強烈なアンサーソングである。

こうした本作の内容に加えて、中国の作家によって著されているという背景から、「西側諸国」の人間からすれば明らかな中国共産党へのアンチテーゼと解釈してもおかしくないだろう。しかしそれは、編者ケン・リュウ曰く「中国の作家の政治的関心が西側の読者の期待するものと同じだと想像するのは、よく言って傲慢であり、悪く言えば危険」なのである。この点については、私も同意する。

こうした抑圧的な統治機関が現れる可能性は世界のどこにでもありうるのであり、そうした可能性に対して著者が豊かな想像力を働かせた結果だと捉えるくらいがちょうどよいだろう。もちろん、出版物についてプロパガンダ的な意味合いを持たせた例は枚挙にいとまがないが、殊に本作についてそのような解釈をするのは視野が狭い。

だって、それじゃあ面白くないじゃない。思考の幅を狭めないで、無限遠にまで想像を持っていくのがSFの醍醐味だと思うから。オススメである。

 

ただ細かいことを一つだけ言わせてもらうとすれば、バイナリ値を中立だとする比喩に対して「優秀なプログラマーだ!」と評するくだりはちょっと解せぬ。仮に比喩が秀逸だとしても、それがプログラマーとしての(ry

 

円 - 劉慈欣

最後に紹介するのは『三体』でも有名な劉慈欣の作品だ。本作はその『三体』の一節を抜粋したものだとのこと。とはいえ、これ単体で十分楽しめる作品になっている。当初独立した短編だと錯覚したほどだ。

時は遡るほど2000年強の中国戦国時代、政王(後の始皇帝)が不老不死を求めていた逸話は有名である。その一つとして、かつての燕王の刺客、荊軻が部下となり、円周率の計算を行うことになって―

といった感じの話

いやもう、この設定からして面白いことが伝わってきてしまう。政王が不老不死に近づくために、円周率の桁を少しでも多く求めるという......それも首がリアルに飛ぶか飛ばざるや、家臣が命を賭して全力投球している様子がコントのようである。挙句の果てに旗信号による「人間NANDゲート」たるものが出現して、疑似的に計算機をシミュレーションし始めるという奇想天外な展開に思わずニヤニヤしてしまった。オーバーテクノロジーのようで、できなくもないように思わせてしまうところがまた面白い。

ネタバレになってしまうので書けないが、この円周率計算の結末もまた「ありそうでない」ギリギリを攻めているような感覚を持たせてくれる。「歴史上そんなことがあったかもしれないな」と思わせる著者の想像力に度肝を抜かれた。

 

情報技術や電子回路設計設計等で論理演算を少しでもかじったことのある方なら、間違いなくクスっと笑えるオススメの作品である。

 

5段階評価

★★★★☆ 4.5 (もっと早く読めば良かった......)

 

なぜその本を読み始めたか

「中国の作家によるSF」と謳っていて、味変を楽しめそうだったから。

 

「推し」とその理由

ITやマイコンを取り扱っているので、『円』の論理回路の件は推せる

 

面白いor参考になる語彙・表現・構成

主観だが、これまで読んだ西欧圏の言語の邦訳と比較して、中国語の邦訳の方が読みやすいように感じた。訳者が優秀な方というのはもちろんあると思うし、構文が似ているから自然に読めるというのもあるのかもしれない。

 

読了年月日

2022/10/03