清のブログ

アウトプットの場所

『機巧のイヴ』で、もう一つの「時代」を見る

―瑪瑙のような暗緑色の輝きを持つ瞳が、真っ直ぐ久蔵を見つめる。

 

『機巧のイヴ』乾緑郎,2017,新潮文庫

を読んだので、それについてつらつらと。

自由感想

SF×○○の第二弾ということで、今回はSF×時代小説として乾緑郎著『機巧のイヴ』である。有名どころで言えば、村上もとか『仁』くらいしかSF要素を感じる時代作品は知らないもので、かなり新鮮に感じた。

 

www.amazon.co.jp

(※この後もAmazonリンクべちべち貼り付けているが、アフィリエイトリンクでもなんでもない)

 

機巧人形(オートマタ)と称されるカラクリ仕掛けの動物・人間を、違和感なく創りあげる神業を持った技師「釘宮久蔵」と、その傍に仕える機巧人形「伊武」がこの物語の中心である。(後述の経緯で、途中から「田坂甚内」という公儀隠密も主人公クラスのキャラクターとして登場する)

現在の技術でも実現不可能なオーバーテクノロジーと江戸の雰囲気とが、まさに時代錯誤なく違和感なく融合している点が魅力の一つであることは間違いない。先に言ってしまうと、本作の章立てのうち表題とも重なる第一章『機巧のイヴ』は、もともとそれ単体の短編として仕立てられた経緯があるから、雰囲気を感じたい人は先に第一章だけでも読んでみることをオススメする。

「江川仁左衛門という武士が、懇意にしている遊女の機巧人形、つまりはコピーを創るよう釘宮久蔵に依頼して......」といった感じの導入だ。こちらは短編として完成されていて、第一章だけを楽しむという贅沢な読み方も全然できる。私は結末に驚いた。

 

これで雰囲気が自分の好みに合っていると感じたらどんどん先を読み進めれば良いし、第一章を読んでまだ決めきれない......という人は第二章『箱の中のヘラクレス』も読んでみるとよい。第一章に引き続き、こちらもメインキャラクターとは異なるキャラクターが主役を張る独立した作品になっている。

「青年、天徳鯨右衛門は実の両親をあまり知らない。育て親が営む湯屋で働き恩を返しつつ、相撲の稽古もする巨漢だ。育て親への感謝と同様に、彼は当麻蹴速を尊敬している力士であった。しかし、ある日舞い込んだ勧進相撲の場で、彼はやくざ者から八百長の依頼を受けて......」といった感じの導入である。主人公が相撲取りというのはなかなか斬新だ。ちなみに、この『箱の中のヘラクレス』はSF要素は薄め。

 

これら冒頭2章はしっかり中盤・終盤に関わってくるのでそこがまた面白い。まさに機巧人形のように、緻密に組み合わさった短編(モジュール)の綾なすリアリティを感じてほしい。

 

さて、本作の魅力を2点に絞って書きたいと思う。

  1. 機巧人形の謎
  2. 機巧人形の心

まず、機巧人形の謎について。これが本作の(表の)主題だ。

冒頭でも記した通り、現在の技術をもってしても実現不可能なアンドロイドが、江戸時代に近い時代背景でなぜ存在しているのか?この謎が終盤大いに読者の興味を引くことだろう。

ドラえもんの秘密道具のように、ただそこに便利なものがあるという状況では、本作の場合リアリティに欠ける。オーバーテクノロジーがもたらす現象ではなく、オーバーテクノロジーの存在そのものに意味を見出している節があるためだ。言い換えると「伊武、お前はどんなことができるのか」ではなく「伊武、お前は一体何なんだ」ということだ。

フィクションでありながら、いかにして尤もらしい理由にたどり着くのだろうか。少し内容に触れるだけでもネタバレを誘発してしまいそうなので、ここらで控える。

ただ、実を言うと、本作ではこの謎は完全には明かされない。(このくらいの情報なら、良いよね)

 

続編が存在する。『新世界覚醒篇』と『帝都浪漫篇』だ。

www.amazon.co.jp

 

www.amazon.co.jp

上記の問いに対する乾緑郎氏の回答は、この続編で確かめるべし。私も早く読みたい。時間が足りない。

 

 

 

続いて2点目の魅力、それは機巧人形の心に関する問いかけである。

これは長谷敏司BEATLESS』のテーマと共通するものがある。

 

yokikiyo.hatenablog.com

ざっくり言うと「機械に心はあるのか?」というものだ。時代を超えて何度も問いかけられたものだろう。機巧人形を扱う以上、本作でもそれは問われている。こちらは(裏の)主題だろう。

BEATLESS』のレイシアのように、伊武も外見は人間と寸分たがわぬものとして描かれている。その上、外見は整い、振る舞いは人間のそれよりも精緻なものなのだ。

本作に登場する機巧師(技師)釘宮久蔵や、その師匠である比嘉恵庵も、機巧人形に対して単なる知的好奇心や愛着以上の感情を抱いている。機械に原初の「人間」と同じ名前をつけていることは最たる例だろう。

半ば狂気的な感情が行動からにじみ出るその様は、まさに彼らが機巧人形に心を映しこんでいる傍証にならないだろうか。

 

本作を読んだ方は伊武に心があると思うだろうか?

この問いは作品それぞれの結末とは異なって、ただ一つの答えが存在しないという点がミソだろう。作品それぞれに応じて、「今、心を感じた」とか「これは人間らしくない。心がない」とか考えるのが楽しい。

ちなみに私は伊武に心はあると感じた。だって腰かけのくだりが可愛いから

ヒトも緻密に組み合わさったナノシステムの集合体だと考えれば、それらが抵抗やコンデンサ、センサ、アクチュエータ等に置き換わった機械も、同様だと考えてしかるべきだと思う。人間も演算装置の一つなのである。ただ機構を総覧できていないがために、マクロにとらえるしかなく不安定に見えるだけで、その理解できない事象に「心」と理由付けしているに過ぎない。

まあ、「なんでだろうなー」と自他の心を推し量っている方が面白い。心を無くしたら全ての情動に確固たる背景が生じてしまいそうで、ちょっと息苦しい。

あとどのくらい経てば、ロボットの行動が人の手に余るようになるだろうか。そこに心を感じたい。

 

5段階評価

★★★★ 4 (良き!!)

 

なぜその本を読み始めたか

大森望著『21世紀SF1000 PART2』で推薦されていたから。

 

「推し」とその理由

釘宮久蔵

→もちろん魅力的なキャラクターとして伊武も推せるが、本作の主役は何といっても彼だろう。ネタバレになってしまうのであまり多くは語れないが、機巧人形に対する思い入れや、師匠への忠義は胸を打つものがある。職人気質っていいよね。

面白いor参考になる語彙・表現・構成

いくつかある章立てのうち、表題と同じく最初の「機巧のイヴ」に関してはもともと短編として出されたものらしい。一度完成した短編につぎ足すようにして長編を編み上げる著者の技量に感服する。

読了年月日

2022/8/21