清のブログ

アウトプットの場所

SF×百合の小説は「あら^~」で収まらない

「モニカは、ただ自分の思い出を飲み干したの―自分にとって、なによりも美しい思い出を」

陸秋槎『色のない緑』より

『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジーSFマガジン編集部,2019,ハヤカワ文庫

を読んだので、それについてつらつらと。

 

自由感想

本作はタイトルにもあるように「百合」と「SF」というジャンルを織り交ぜた短編集である。

(SFはまあよしとして、)女性同士の友情・恋愛といった関係性を描いた作品ジャンルはしばしば百合と称される。要は(程度の差こそあれ)ガールズラブだと私は解釈しているが、厳密な定義については有識者に譲りたい。私なりのざっくりとした認識である。

 

小説であれば、吉屋信子『わすれなぐさ』や川端康成『乙女の港』、宮木あや子『あまいゆびさき』等をちょこちょこ読み、アニメでは『citrus』『桜Trick』『推しが武道館いってくれたら死ぬ』等をちょこちょこ観てきた。生殖という合理的な結末・むさ苦しい男という記号を(原則)排除した、という点での清廉さ、無垢な前提条件はカオスな現実社会から隔離された純度100%のフィクションを提供してくれる。百合っていいよね。

 

そんなジャンルが、いかにも男臭い(と私が錯覚していた)SFと果たして融合しうるのか、融合したとすればどんなに魅力的な作品になるのか、興味が湧いた。

結論、めっちゃ融合してた。読者層としては男性が多いと推察されるSFジャンルだが、男臭いなんてもってのほか。もちろん宇宙とマシンも魅力的だが、それだけじゃないのだと。

後々になって、東京と東京湾が恋愛関係になる小説がSFとして存在すると聞き(藤本泉『十億トンの恋』)、驚嘆すると同時に、さもありなんと納得した。前衛的な空想を作品に昇華しうるSFだからこそ、百合との親和性はかえって高かったのかもしれない。(あくまでフィクションなので、現実問題を引き合いに出すのは気が引けるが)性的マイノリティージェンダー平等などの概念を遥かに超えていた。つまりは私のSFに対する理解の甘さを認識した。恐るべしSF

 

さて、そんなこんなで傑作ぞろいのタイトルと著者の一覧は以下

  1. 宮澤伊織『キミノスケープ』
  2. 森田季節『四十九日恋文』
  3. 今井哲也『ピロウトーク』 ※唯一、漫画作品
  4. 草野原々『幽世知能』
  5. 伴名練『彼岸花
  6. 南木義隆『月と怪物』
  7. 櫻木みわ,麦原遼『海の双翼』
  8. 陸秋槎著,稲村文吾訳『色のない緑』
  9. 小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』

 

このうち、特に印象に残った『四十九日恋文』『彼岸花』『色のない緑』について、それぞれ感想を書く。

 

森田季節『四十九日恋文』

タイトルの通り四十九日の法要にちなんで、死者の霊が極楽浄土へ行くまでの49日間、携帯端末でメールを送受信できる世界を描いた物語

ただし、このメールでのやり取りには制約があり、残日数分の文字しか送れない。そのような状況下で、かつて恋仲にあった絵梨と栞(故人)の二人はメッセージを送りあう。

意思疎通が死後もできるという便利さとは裏腹に、どうしても物理的・身体的な距離は遠ざかってしまう。送信できる字数も日に日に減っていく環境で、心理的な距離をも否応なしに離されてしまう2人の心情が切ない。

一方で、生前の仲睦まじい様子もメッセージのやり取りから垣間見え、まったりゆっくりと流れる時間を感じられる。このような緩急がありつつ、メールの送信可能文字数に反比例するように読者はクライマックスへ向けて引き込まれていく。最後の2,3ページは、あっという間に読みたくなるだろう。

 

伴名練『彼岸花

『なめらかな世界と、その敵』の著者である伴名練氏による百合SF短編である。

これこそ先述した、『わすれなぐさ』や『乙女の港』に代表されるような戦前の女学校を下敷きとした百合小説と言えよう。文体もそれにならって少し古く奥ゆかしいものになっていて、当代語に近いかどうかは(私の知識不足で)分からないが、時代小説に近い異世界を感じさせる。これが本作の魅力の一つである。

特徴的なのは、文体だけでなく舞台そのものが異世界であることだ。登場人物として「死妖」と呼ばれる種族が存在する世界なのである。彼らのモチーフは、いわゆる吸血鬼のそれに近い。血にまつわる架空の道具やインフラは、読者の空想に拍車をかける。

設定が魅力的である上に、ストーリーも負けてはいない。この物語は主人公である舞弓青子が死亡していると示唆される場面から始まる。女学校の生徒である青子と真朱の二人がかつてやりとりしていた交換日記をもとに、物語が進行していく。なぜ青子はこの世にいないのか、「死妖」とは何か、過去から明らかになる真実に心が締め付けられること必至である。

最後の段落の美しさに酔いしれてほしい。

 

(文章の緻密さは随一だと感じた。『なめらかな~』もぜひ読んでみたい)

 

 

陸秋槎著,稲村文吾訳『色のない緑』

言語学自然言語処理など、言葉に関連する学術分野に手を出したことがある方ならピンとくるかもしれないタイトル、そう、ノーム・チョムスキーによるかの例文である。

Colorless green ideas sleep furiously.

日本語だと「色無き緑の考えが猛然と眠る」とか「無色の緑の考えが猛然と眠る」などと訳されるものだ。この例を引き合いに出して、文法的(統語論的)には正しくとも意味が通じない文があることを彼は示していた。

本作は自然言語処理研究が進み、機械翻訳はもちろんのこと、言葉と映像を双方向的に変換するようなマルチモーダル処理も実用化する近未来を描いている。AIが翻訳した文を「脚色」する職業に就いているジュディ、そして計算言語学者のエマが、かつての友人であり学者であったモニカの自殺の謎を追う物語になっている。

先ほどの『彼岸花』と同様、偶然にも主要キャラクターが死ぬところから物語は始まるが、ファンタジー色はほとんどなく、現実的かつディストピアな雰囲気である。『彼岸花』が仮想の技術をリアリティに富んで描く一方で、『色のない緑』では現実の様々な技術知識が散りばめられている(自然言語処理を扱ったことがあれば、末尾の参考文献にピンとくる方も多いだろう)。

学生時代に自然言語処理を研究していた手前、モチーフが言語学自然言語処理ともなると贔屓してしまう。だからこそ、このモチーフを比喩としてモニカの死に関連付ける作者の技量に感嘆する。

モニカはなぜ自らの命を絶つ選択をしたのか、切ない余韻の残る結末をぜひ味わってほしい。本記事の冒頭で引用した一文は、私が本書で最も感動した一文である。これ単体でも悲壮感が滲んでいるし、通しで読めば思わずため息がこぼれるだろう。

(また本筋に直接的には関係ないが、本作は(特に若い)研究者の待遇悪化が嘆かれている日本国内の状況を示唆しているようにも思え、興味深い)

 

 

アンソロジー編者の意図的なものか、はたまた偶然か、あるいは百合というジャンルがそうさせるのか、全編を通して物静かな印象を受ける作品が多いと感じる。後述する『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』など例外もあるが、アクションでワクワクさせるというより、じりじりと心に訴えかけてくるものがある。

 

5段階評価

★★★★☆ 4.5 

なぜその本を読み始めたか

「百合」というジャンルに一時期傾倒していたこともあり、それとSFとがどのように混じり合うのか非常に気になったため。

「推し」とその理由

キャラクターが非常に尖っていると感じたのは『幽世知能』の灯明アキナ、『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』のテラ、ダイオードあたりか。

なかでも灯明アキナは抜きん出ていた。「自由エネルギー原理」という概念を引き合いに出して、社会生活における避けられない人との交流と、人付き合いが苦手な自身の性格との矛盾に苦しんでいる。唯一の理解者だと信じていた主人公(わたし)の愛情が向く相手への嫉妬に狂い、自傷・他傷行為に走る様子はなかなかの気味悪さである。

面白いor参考になる語彙・表現・構成

  • 手紙・メール・交換日記等の媒体を噛ませることで、自然に時系列を演出・操作できること(『四十九日恋文』『彼岸花』)
  • 学術用語を良い塩梅で挿入すると、物語にリアリティが増す(『幽世知能』『色のない緑』)
  • おっぱい(『ツインスタ―・サイクロン・ランナウェイ』)

読了年月日

2022/07/30