繰り返したり、止まったり、巻き戻ったり、進んだり?
自分がひとに深切を施すのは、たいへんの美徳で、そうして内心いささか報恩などを期待しているくせに、ひとの深切には、いやもうひどい警戒で、あいつと対等の附合いになってはかなわぬなどとかんがえているんだから、げっそりしますよ。
―太宰治『浦島さん』より
『不思議の扉 時をかける恋』大森望編,2010,角川文庫
を読んだので、それについてつらつらと。
※この記事は書籍をオススメするという目的のため、内容に関して若干のネタバレ要素を含みます。とはいえ「○○の正体は△△」であるとか、「◇◇はこの後タヒぬ」といった類のネタバレは含みません。「絶対に前情報なしで楽しみたい!」という方でなければ大丈夫だと思います。多分
自由感想
「あの頃、あの時をもう一度やり直せたら──」「10年後の私はどうなっているだろうか──」「歳を取らなかったら──」
時に関するヒトの願いはいつの時代も不変である。ドラえもんにシュタゲ、時をかける少女などなど、創作もまた思いに呼応するような名作が多い。
今回読んだのもまた、時の物語である。
殊にSFで時間を扱うのは、科学的空想と結びつきやすいこともあり、「お家芸」感がある。スパイスのようにピリッとアクセントを効かせたものもあれば、考察を綿密に重ねたハードなものまで幅広い。いわばSFのホームフィールドなのだ。
その上で、今回読んだ『不思議の扉 時をかける恋』は、その名の通り恋を掛け算した短編が収められている。
…そんなん面白いに決まってるじゃん
ええ、そうです。
面白いです。間違いなく。
本作は書評家として著名な大森望氏が編纂したアンソロジーである。その点でも、ハズレがないことは想像に難くない。
さて、収録されている作品は以下の通り。
このうち、恩田陸『エアハート嬢の到着』に関しては、同著者『ライオンハート』からの抜粋になっている。読んでみて、続きや経緯が気になった方は読んでみてはどうか。
冗談抜きで今回は全部を紹介したいし、おすすめしたいのだが、断腸の思いで特に印象的だった『Calling You』『眠り姫』『浦島さん』の3編を紹介する。
Calling You - 乙一
全6篇のなかで一番、純度120%の秀作だ。
小説にどっぷりと浸かっている方には新鮮味に欠けるかもしれないし、後の展開は予想できてしまうかもしれない。それを踏まえた上でも「頭の中のケータイ」というモチーフ、切ない後味は一点の曇りもない魅力がある。
主人公のリョウは携帯電話を持たない女子高生。教室の「みんな」と仲良くできず、昼休みはよく図書室へ行って時間をつぶす。そして、理想の携帯電話を思い描く。形、色、触感、着信音......想像でもそこにあるかのように。
そしてある日、私の脳内で着信音が鳴った―
という感じの話
「時間要素どこ?」という質問が聞こえてきそうだが、大丈夫、ちゃんと物語の核になっている。脳内の電話は時間を隔てた相手ともつながるのだ。
さて、リョウの脳内へ電話をかけた相手はだれなのか、そして「いつ」とつながるのか―続きはぜひ、その目で確かめてほしい。
切なさ全開の青春ストーリーが好きな方なら、絶対にハマるはずだ。
眠り姫 - 貴子潤一郎
『Calling You』が良いと思ったそこのアナタ、朗報です。
次に紹介する本作も、余韻を味わうことができる。ひょっとすると『不思議の扉~』は一日で読み通すのではなく、一篇ずつ味わうような楽しみ方がしっくりくるかもしれない。
さて、時間を題材にしようとすると、多くあるパターンとしてはタイムスリップが挙げられる。主人公が過去や未来へ飛んだり、過去や未来を見てしまったり。あるいは、収録作『エアハート嬢の到着』のように別の誰かが時を超えてくることもある。
しかし、本作は違う時間の捉え方を魅せてくれる。それは、止まってしまった時間である。
文武両道で魅力的な彼女の唯一の欠点は、「眠り」だった。授業中でも構わずに寝てしまう彼女についたあだ名は「眠り姫」、クラスの笑いものにされ、そんな彼女を私もからかっていた。おしゃべりをして、一緒の帰り道で、自然と私たちは惹かれあった。
彼女の眠り癖は一向に治らない、ホントにしょうがないやつだなと、私は思っていたが―
といった感じの話
こちらも切ない系統のラブストーリーだと言える。当たり前だが、テレパスでもない限り眠っている人間とコミュニケーションをとることはできない。これを時間が(実質的に)停止しているものとみなした。このアイデアは(『美亜へ贈る真珠』含め)斬新に映った。
この『眠り姫』は、トリックやオチがどうのというより、クライマックスへ向けて読者を掴んで離さないパワーを感じる。オススメ
浦島さん - 太宰治
最後に紹介するのは太宰の逸品
『不思議の扉~』の6篇の中では、変化球に値するものだ。特に時をかけてラブストーリーが進展するお話ではない。切ないとか、胸が締め付けられることもない。
タイトルの通り、おとぎ話『浦島太郎』のパロディーだ。玉手箱を開けておじいさんになってしまう浦島太郎に新しい解釈を加えている。その点、確かに時は扱った作品だといえる。
本作の魅力は、新解釈はもちろん、浦島と亀との夫婦漫才のような掛け合いにあることは間違い。
しかし私は「二の腕をそぎ落とされるような気味悪さ」こそ、この作品の魅力なのではないかと思う。ヒトがひた隠したい弱い部分をつまびらかにして、もてあそんで、じくじくと弄ぶような表現である。この記事の冒頭で引用した文章もその一端で、太宰の圧倒的な語彙力で黒歴史を暴露されたような羞恥心にかられる。
文豪と言えば太宰、太宰と言えば文豪だと、ロクに文芸を知らない私でも納得してしまう文章力がある。言われたいことや言われたくないことを的確に理解して、正確に表現するだけの筆力があるのだと、ただただ圧倒されるばかりだった。
想像力に富んだ竜宮の描写も含めて、純粋に読み物として面白いので、オススメしたい。
5段階評価
★★★★★ 5 (好き!!)
なぜその本を読み始めたか
伴名練編『日本SFの臨界点[恋愛編]』の巻末読書ガイドにおいて、推薦されていた書籍であったから(時間要素に絞られてはいるものの、確かに『日本SFの臨界点[恋愛編]』より癖が少なめで読みやすい作品が多い印象)
全年齢、全世代におススメできるのは『不思議の扉~』の方だろう
「推し」とその理由
『浦島さん』の亀
彼(彼女?)の毒舌っぷりは痺れるわ
面白いor参考になる語彙・表現・構成
時は進むものであって、巻き戻すことに意識が行きがちだが、「止める」という観点はなかった。
読了年月日
2022/9/4
(紹介したい書籍のストックがまだまだあるのに、時間が足りない)